Kadoさんのブログ

日々のあれこれを綴ります

野平一郎『ベートーヴェンの記憶:ピアノとリアルタイム・コンピュータのための』を聴く

f:id:lucyblog:20210320153946j:plain
野平一郎退任記念演奏会プログラム

野平一郎先生の退任記念演奏会を聴きました。前半は弦楽四重奏曲2曲。プレトークで、弦楽四重奏という編成は古くから現在まで多くの作曲家が作品を作り続けている、というお話しがありました。確かにハイドンモーツァルト、それ以前から現代の作曲家まで弦楽四重奏曲をたくさん書いています。そう思って聞くと確かに様々な可能性に満ちた編成だと思われます。

弦楽四重奏曲第5番』(2015)は3楽章からなり、連続して演奏されます。作曲者はブーレーズの「錯乱を組織しなくてはならない」という一種のアジテーションを重要なキーワードとしているとのことですが、その意味を考えながら聴きました。第1楽章は「Senza tempo」。テンポ無しでどうやって合奏が成り立つのかと思いましたが、演奏者はそんなことどこ吹く風という面持ちで、激しい対比のある音楽を奏でていました。第2楽章は「Vif - Swing, un peu moins vite - Beaucoup plus lent」、直訳すれば「活き活きと―少し遅いスウィング―もっと遅く」となりますか。解説にはスケルツォとありましたが、自由な響きに満ちていました。第3楽章は「Encore plus lent - A peine moins vite dans le sentiment funeraire - A la sortie, Bien modere」「さらに遅く―葬式の感情の中で―最後はモデラートで」。音楽を葬るかのような流れが続き、最後は奏者が一人ずつ退場していきました。

2曲目の『弦楽四重奏曲第6番』(新作初演2021)はこの演奏会のために書かれた曲で、2楽章からなり、こちらも連続して演奏されます。ピチカートや様々な奏法で音楽が続きますが、各奏者が他の奏者を模倣したり反発したりしながら音楽が流れていく即興演奏を聴いている気分になりました。楽譜に全て書かれているのでしょうけれど、作曲者の意図を十二分に理解している演奏者は見事でした。

休憩の後は、『ベートーヴェンの記憶』―ピアノとリアルタイム・コンピュータのための(2003)という作品。作曲者がピアノでベートーヴェンを弾き、時に語り、客席中央に置かれたコンピュータがリアルタイムで音を加工しスピーカーから流していきます。ピアニストの語り1はアドルノの言葉、語り2はブーレーズの言葉。別にベートーヴェンの「ハイリゲンシュタットの遺書」と「不滅の恋人への手紙」がドイツ語と日本語で語られ、これも変調されてスピーカーから流れてきます。40分ほどの作品ですが、ホール全体が野平=ベートーヴェンワールドに満たされ、不思議な高揚感に覆われました。作曲者が学んだパリのIRCAMの世界はかくあるのかと思いました(プログラムの藤幡正樹氏の解説には、この曲は「IRCAMで音楽用のプログラミング環境として開発されてきたMax/MSPを使用している」とあり)。現代における作曲、創造という行為の意味を深く考えた時間でした。

東京藝術大学音楽学部作曲科教授
野平 一郎 退任記念演奏会
日時 2021年3月19日(金)18:00開演(17:00開場) プレトーク 17:30~
会場 東京藝術大学奏楽堂(大学構内)

▊曲目

▊出演
AOI・レジデンス・クヮルテット
  松原 勝也(第1ヴァイオリン)
  小林 美恵(第2ヴァイオリン)
  川本 嘉子(ヴィオラ
  河野 文昭(チェロ)
野平 一郎(ピアノ)
仲井 朋子(コンピュータ)

■主催 東京藝術大学音楽学部/東京藝術大学演奏藝術センター/野平一郎退任記念演奏会実行委員会
共催 東京藝術大学音楽学部同声会
https://www.geidai.ac.jp/container/sogakudo/96776.html