Kadoさんのブログ

日々のあれこれを綴ります

「国立国会図書館ビジョン2026-2030」の紹介を聴きました

2026年5月27日に開催された「国立国会図書館ビジョン2026-2030」セミナーをオンラインで視聴しました。

■タイトル:国立国会図書館ビジョン2026-2030―共につくる知の循環―
■講師:国立国会図書館長 倉田 敬子
■講演資料:PDFリンク
■講演映像:Youtubeリンク
■開催概要
日時:2026年5月27日(水) 16時~17時半
料金:どなたでも無料
会場:オンライン Youtube Live(定員ナシ)またはZoom(100名)
主催:日本電子出版協会(JEPA) 開催概要リンク

感想:情報学の専門家である倉田館長自ら構想を語ってくださって、NDLの姿勢がよく見えました。

  • 紙の書籍等のデジタル化は順調に進んでいるが、ボーンデジタルの資料についてはまだまだ試行錯誤中だそうです。また「みなサーチ」の活用を強調されていました。
  • 国会サービスについての話は普段聞く機会がないので、専門家集団である調査立法考査局の作成した貴重な資料を一般に利用してもらうように検討中、というのはありがたかったです。国会サービスには生成AIも利用されているとのこと。
  • 講演資料や映像が公開されているというのも、オープンアクセスの先端であり、なるほどと思いました。こういうセミナーを聴くのは久しぶりなのですが、時代は進んでいるのがよくわかりました。

読書の記憶

読んだ本について、以前はあちこちにメモしたものだが、ここに書いておくことを思いついた。

世界文学重層

西成彦著、みすず書房、2026年、272p、ISBN 978-4-622-09846-1。2026年6月に図書館から借りたものの読めずにメモのみ。日経の書評で、堀田善衛、カズオ・イシグロ、大城立裕などなどを縦横に読み解き、ユダヤ系作家やイディッシュ作家への減給のある本とのことで、たちまち興味を引いて借り出した。目次を見てとても片手間では読めないとあきらめる。
目次:

  • 世界文学と日本語:まえがきに代えて
  • 多言語都市・上海
  • 帝国日本のバイリンガルたち
  • 戦後日本でだれが〈異邦人〉だったのか?
  • イーハトヴの多言語性に関する覚書
  • 日本文学はシベリア出兵をどう受け止めたか
  • 世界文学と日本語の居場所

それでも日本に原発は必要なのか?:潰される再生可能エネルギー

青木美希著、文芸春秋、2026年、254p、ISBN 978-4-16-661523-0
2026-06-15読了。目黒区立図書館蔵書。
これも新聞コラムで知り、借りて読んだ。種々の再生可能エネルギーを実現しようとする数々の試みが、挫折していく様子を丹念に取材している。この国は何処へ行こうとしているのか、著者の問いかけは重たい。

冬と瓦礫

砂原浩太朗著、集英社、2024年、174p、ISBN 978-4-08-775469-8
2026-01-18読了。目黒区立図書館蔵書。日経新聞のコラムで著者がこの本について語っているのを読み、気になって借りた本。阪神淡路大震災の記憶が語られている。当時はスマホもSNSもなかった。1995年1月17日の地震当日のことは私もよく覚えている。前日は新響の演奏会があり、この日は浦安図書館で自分のことを話した。しかしそうした出来事は、地震のニュースに全て凌駕されてしまった。この本は小説家が自分の体験を、地震から30年後に小説という形で綴ったものだが、人間の記憶というもの、記憶を綴るということの意味について、あれこれ考えさせられた。

シロくんとパレスチナの猫

髙橋美香 文・写真、かもがわ出版、2025年12月、40p、ISBN 978-4-7803-1403-8
2026-02-03読了。目黒区立図書館蔵書。毎日新聞の書評で知り、図書館にあったので借りてきた。ヨルダン川西岸の町ジェニンを舞台に、爆撃にさらされている町の人々の暮らしを、猫の目を通して描いている。著者は写真家で、これまでにもパレスチナに取材した本を出版している。Wikipedia英語版のJeninの記事を翻訳しようとしたが、編集に制限が掛けられている記事だった。紛争地の記事の中立性を守ることの一例だろう。もっとも翻訳は問題ないと思うので、ジェニーンの記事を翻訳した(ジェニーン県という記事が先に出ていたので、それに表記をそろえた)。記事の全部でなく、歴史と政治を除いた部分なので、いつか加筆できるといいのだが。

今年の俳句

川村秀憲、大塚凱『AI研究者と俳人』dZERO 2022

  • うつくしきあぎととあへり能登時雨 飴山實
  • 寂しいと言い私を蔦にせよ 神野紗希
  • 六月を綺麗な風の吹くことよ 正岡子規
  • じゃんけんで負けて蛍に生まれたの 池田澄子

日経俳壇 令和8年3月28日 横澤放川選

  • 津波見し亀の看経ありぬべし 大船渡 桃心地

房総半島一周2026元旦

2026年1月1日
5:53 出発。真っ暗、穏やかな元旦。物流トラックが行く。
6:01 天現寺から高速にはいる。東京タワーは正月モードのライトアップ。結構車の量が多い。レインボーブリッジあたり、雲が白んでくる。葛西、浦安、市川通過。
6:19 江戸川渡る。雲が赤くなってくる。
6:26 幕張(37.7km)コーヒーを買う。
6:31 出発。雲がどんどん白んでいく。
6:43 東金道路に出る。かなり明るくなった。車は少ない。
6:49 野呂(62.9km)7時開店なのではいれず。
6:51 出発。かなり明るくなったが雲は厚い。
6:57 東金出口(70.2km)雲に陽が当たっている。
7:04 九十九里有料道路、210円をCashで払う。反対車線は混んでいる。
7:12 九十九里に出る(84.3km)
7:14 7-11大網白里汐浜海岸(85km)サンドイッチとお茶買う。
7:36 出発。渋滞している。焼きハマグリやイワシ料理の看板あり、海の見えるマンションやカフェ、津波避難所。雲間から日差し。
8:01 海岸(95.2km)一松海水浴場。海の写真を撮る。

九十九里の海岸

8:11 出発。
8:24 一宮(100km)英語の看板多く、ホテルもあり、サーフィン客用か。
8:30 いすみ市にはいる。国道。
8:52 御宿
8:58 休憩(125.2km)海を見る。
9:04 出発。勝浦に入る。古いトンネルあり。
9:11 7-11(129.2km)コーヒーとのど飴買う。
9:19 出発。
9:22 道路に駐車(129.9km)朝市に寄る。海産物や雑貨など。
9:43 出発。漁港、漁船。トンネル、古いトンネル、外房線
10:00 鴨川市(141.4km)日蓮生誕地、漁船、鴨川シーワールド
10:31 道の駅 鴨川オーシャンパーク(161.3km)
10:46 出発。
10:52 南房総市にはいる。内房線になっている。
11:28 道の駅 ちくら潮風王国(185.1km)海を見ながら海鮮丼をゆっくり楽しむ。海産物など買う。

道の駅ちくらの海鮮丼、アジフライ付き

13:00 出発。
13:12 野島崎公園(192.6km)安房白浜の磯、神社、日露戦争記念碑。野島埼灯台

野島崎公園の磯

13:53 出発。房総フラワーロード、菜の花、サザンカ。ゴルフ場
14:19 洲埼灯台(210.8km)三浦半島、富士山方面を見る。水仙

洲埼灯台から三浦半島方面を見る

14:52 出発。大きな月が出ている。館山漁港。
15:36 道の駅 富楽里とみやま(237.1km)コーヒー、ゴマソフト。水仙を買う。
16:42 出発。夕日がまぶしい。鋸南富山から高速に入る。君津あたりから真後ろに夕日が沈んでいく。アクアラインに入る。三浦半島が見える。羽田へ向かう飛行機が降りてくる。
17:53 帰宅(317.8km)

海の幸、山の幸

2025年の3冊

書評人が今年の3冊を挙げているのを読んで、私も3冊あげてみようと振り返ってみると、今年はがっつり読んだ本はたいしてないことに気づく。それでもその中から3冊選んだ。

レイラ・ララミ『ムーア人による報告』

16世紀末、黄金を目指すスペイン人の一隊と共にアメリカに渡ったムーア人北アフリカイスラム教徒)の奴隷エステバニコが語る、一行の顚末。スペイン人が実際に記した報告文書はあるのだが、それとは異なる視点から一行の足跡が詳細に語られ、小説ならではの驚きの結末にいたる。エステバニコの故郷モロッコの現代作家による力作であり、世界を見る目が鍛えられた。木原善彦訳、白水社、2025年6月。

鶴見太郎ユダヤ人の歴史』

ユダヤ史やイスラエルパレスチナ紛争の専門家による、古代から現代まで3000年に及ぶユダヤ人の歴史を新書の形で描いた力作。断片的にしか知らなかったユダヤ人の複雑な歩みが、絵巻物のように目の前に展開された。むすびとして、ウクライナのゼレンスキー大統領、イスラエルのネタニヤフ首相、アメリ最高裁判事エレナ・ケイガンの3人のユダヤ人をとりあげ、現代において歴史絵巻を織っていくユダヤ人の姿を示している。中公新書、2025年1月。

谷敦志能登を、結ぶ。』

2024年1月1日に能登半島を襲った大地震。翌日からその後の現地の様子を丹念に撮影した写真家の本。1枚1枚が語る現地の様子に、思わず息が止まる。そこには崩れた大地や家屋だけではなく、その中で懸命に生き続ける人々の、確かな呼吸が写し出されてた。印象的だった1枚は、日本海に面する名勝「白米千枚田」(しろよねせんまいだ)の棚田の風景。棚田はあぜ道に沿ってライトアップされており、それは地震発生にも関わらず自動点灯され、美しい夜景が広がる。もう1枚は、文金高島田の婚礼写真。青年海外協力隊の隊員としてサモアで活動していた能登出身のカップルが、2024年5月に七尾市池崎町で挙げた結婚式。ulus publishing、2024年12月。

『ムーア人による報告』を読む

ムーア人による報告

レイラ・ララミ著、木原善彦
白水社、2025年6月10日、421p
原著:The Moor's Account / Laila Lalami
ISBN 978-4-560-09096-1
目次:(★主人公の物語)
主要登場人物一覧…6

  • 第1章 フロリダの物語(奴隷になって5年たった主人公が主人ドランテスと共にフロリダに着き、金の小石をみつけ、インディオの町アパラチーを目指す)…11
  • 第2章 私の誕生の物語(★主人公ムスタファの両親がフェズからアゼンムールへ旅し、主人公が生まれる)…37
  • 第3章 幻の物語(アパラチーへの旅、別の村をみつける)…50
  • 第4章 アゼンムールの物語(★ムスタファの少年時代)…67
  • 第5章 行進の物語(遠征隊は2隊に分かれる)…87
  • 第6章 売買の物語(★父の死、家族のためにムスタファは奴隷になる)…99
  • 第7章 アパラチーの物語(アパラチーは貧しい村、インディオに襲われ、アウテへ向かう)…108
  • 第8章 セビーリャの物語(★ムスタファはセビーリャでエステバンとなり、ロドリゲスに買われる)…132
  • 第9章 アウテの物語(アウテは住民により火事となり、一行はパヌコの港をめざす)…152
  • 第10章 ラマトゥッライの物語(★奴隷女ラマトゥッライの話、エステバンはドランテスに売られ、ナバルエス隊に加わりエステバニコとなる)…174
  • 第11章 筏の物語(筏に乗りサンミゲル島に着き外海へ出た後、川に着く)…190
  • 第12章 不運の島の物語(川で筏が流され多くが遭難し、助かった者が島に上陸してインディオの世話になる。冬を越した12人が陸へ渡る)…208
  • 第13章 三つの川の物語(川を渡り旅を続けるが、仲間がだんだん減っていく)…233
  • 第14章 カランカファ族の物語(カランカファ族の村に居場所を得て過ごすことになるが、様々な出来事で仲間が減りとうとう3人になり、さらにドランテスが姿を消す)…247
  • 第15章 イグアセ族の物語(ドランテスと再会し、さらに不運の島に残っていたカベサ・デ・バカとも再会し、4人で旅することになる)…267
  • 第16章 アババレ族の物語(4人は民間療法でインディオの信頼を得、カベサ・デ・バカ以外の3人はアババレ族の女と結婚する)…282
  • 第17章 トウモロコシの国の物語(4人は村々を治療してまわる生活になる)…301
  • 第18章 クリアカンの物語(スペイン人の一行と出会い、インディオたちと共に彼らの宿舎へ行く。遭難から8年後であった)…316
  • 第19章 コンポステラの物語(4人は妻たちと共に総督のいる町へ移り、風呂に入り着替えてグスマン総督と食事する。メキシコへ向かうことになる)…336
  • 第20章 メキシコ・テノチティトランの物語(メキシコの町で副王のもてなしを受ける。教会、妻たち、コルセット)…350
  • 第21章 宮殿の物語(3人のスペイン人は旅の物語を2か月にわたって証言し、記録をとられる)…361
  • 第22章 大農場の物語(証言は終わり、カベサ・デ・バカは帰国。エステバニコは自らの自由のため、彼らの証言とは別の物語を語る決心をする)…369
  • 第23章 来客用宿舎の物語(副王は北の豊かな町を目指すのにエステバニコが必要だとドランテスに求める)…380
  • 第24章 帰還の物語(エステバニコは修道士らと北へ遠征の旅に出、途中で修道士は離れ、エステバニコは妻と先へ進む)…392
  • 第25章 ハウィクーの物語(エステバニコが自由を得る物語)…408

謝辞…414
訳者あとがき…417

メモ

  • 読者よ、物語の楽しみは語ることにある。痛みで足がうずき、空腹で胃が鳴っていても、私は物語を語る喜びに抗えなかった。(中略)物語を語るのは種をまくことに似ている。人はいつもそれがしっかりと根を張り、天に向かって枝を伸ばし、美しい木に育つことを願っている。しかし物語の種は少し変わっている。なぜなら、種が芽吹くのか死んでしまうのか、人は決して知ることがないからだ。(p156)
  • 遠征隊の全員が黄金の王国というナルバエスの物語を信じ、脇目もふらずに彼についていった。もちろん船から離れるという決断や行進の方針についての疑問はあったが、彼が語った物語ーーすべてが始まるきっかけとなったあの嘘ーーに疑いが差し挟まれることは一度もなかった。どうして私たちはみんなあの話を信じてしまったのか?(p285)
  • 次は私の番だった。散髪屋のはさみのもとで髪が大きな束となって地面に落ちたが、説明できない何かが私の心に重くのしかかっていた。言葉で表現するのは難しいけれども、たとえばそれは、息を吸おうと水面から顔を出したらあたりが霧に覆われていたというときの気分に似ていた。ドランテスが私の前に鏡を掲げた。鏡の中には見知らぬ人間がいた。それは以前より年老いた私だった。そして長年身にまとっていた遠慮を捨て去った私。(p340)
  • もしも私たちが同じように一つの神を崇拝することを意図していたなら、どうして神は世界にこれほどたくさんの宗教を創ったのだろうか、と。聖なるクルアーンを暗唱した少年の頃にはそんなことは一度も考えなかった。しかし私はインディオたちと暮らす間に、たった一つの真なる信仰という考えが実際にはとても狭量なものだと気づき始めていた。一つでなく、多様な信仰が存在すること、それこそ神が私たちに伝えたかったことではないのか?私たちに一つの宗教を信じさせたいのなら、神にはそうする力があったはずだ。今では、すべての人類にとって一通りしか物語が存在しないことの方が奇妙に感じられた。(p353)
  • しかし私に証言を求める者は一人もいなかった。腹を立てるのが当然だが、腹は立たなかったーーその時点では。本当の物語よりももっと貴重でもっと脆弱なのは自由な人生だ。当時の私はそれにしか関心がなかった。(p365)
  • 私は人生の中で羨望と哀れみを感じたことはあるが、軽蔑という贅沢が許されたことは一度もなかった。人の自由がどれほど貴重でどれほどもろいものか、私は痛いほど知っていた。(p393)
  • いつだってカベサ・デ・バカだ、と私はすくなからず苦々しく思った。あの男が語った消毒済みの旅物語が常に真実だと見なされるーー現実に何が起こったのであれ。私は自分の中に小さな反抗の泡が湧くのを感じた。(p403)
  • 真実の物語というものはひょっとすると存在しないのかもしれない。あるのは空想物語だけなのかも。自分が見たものや聞いたもの、感じたことや考えたことの漠然とした印象だけが存在するのかもしれない。(p413)