Kadoさんのブログ

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ドラッカー『非営利組織の経営』を読む

ドラッカー『非営利組織の警衛ダイヤモンド社、2007年

ウィキメディア財団ウィキメディア運動について考えていたら、それはピーター・ドラッカーの『非営利組織の経営』に通じますね、と指摘を受けました。早速図書館で借りてきて目を通して見ました。原著は1990年に出た"Managing the Nonprofit Organization"で、1991年には日本語訳が出ていますが、それの新しい訳本です。アメリカ流のマーケッティングの手法が様々に紹介されていましたが、なるほどと参考になる点も多かったです。

■非営利組織の経営 / P.F.ドラッカー;上田惇生訳

ダイヤモンド社、2007年
xxiii, 244p
目次:
日本語版へのまえがき…iii
まえがき…vii
第1部 ミッションとリーダーシップ
第1章 ミッション…2
第2章 イノベーションとリーダーシップ…9
第3章 目標の設定…33
第4章 リーダーの責任…42
第5章 リーダーであるということ…50
第2部 マーケティングイノベーション、資金源開拓
第1章 マーケティングと資金源開拓…58
第2章 成功する戦略…65
第3章 非営利組織のマーケティング戦略…83
第4章 資金源の開拓…95
第5章 非営利組織の戦略…109
第3部 非営利組織の成果
第1章 非営利組織にとっての成果…118
第2章 「してはならないこと」と「しなければならないこと」…126
第3章 成果をあげるための意思決定…135
第4章 学校の改革…147
第5章 成果が評価基準…155
第4部 ボランティアと理事会
第1章 人事と組織…162
第2章 理事会とコミュニティ…176
第3章 ボランティアから無給のスタッフへの変身…181
第4章 理事会の役割…190
第5章 人のマネジメント…198
第5部 自己開発
第1章 自らの成長…206
第2章 何によって憶えられたいか…212
第3章 第二の人生としての非営利組織…221
第4章 非営利組織における女性の活躍…226
第5章 自らを成長させるということ…236
訳者あとがき…241
索引…244

■メモ

  • あらゆる非営利組織に共通するミッションとして、人に自己実現の機会を与え、理念と信条と理想に生きる機会を与えるためにも資金が必要である。/ 寄付者を参画者にするということは、大勢の人が毎朝鏡の中に、見たい自分、あるいは見たいと思うべき自分、市民としての責任を果たす自分、隣人として人を愛する自分を見られるようにすることを意味する。(px)
  • 自動車メーカーであれ神学校であれ、新しいものを現業部門に置いても日常の問題の解決が優先されてしまう。そのため明日は常に延期される。新しいものは別途に組織しなければならない。(p14)
  • 私は、世界的な規模の大組織の長をつとめるある賢人から大事なことを教わった。~~「重要なことは自分の子供をその人の下で働かせたいと思うかである。その人が成功すれば、若い人が見習う。だから私は自分の子がその人のようになってほしいかを考える」(p18)
  • チャーチルの強みは、どこまでも後進の政治家を育て、後押ししたことにあった。それこそ、人の強みに脅かされることのない真のリーダーの証しだった。これに対し、ローズヴェルトは自立の兆しを見せる者はすべて切り捨てていた。(p24)
  • 資金源開拓の第一の主役は、理事会のメンバーすなわち理事である。もはや、非営利組織の趣旨に賛同するというだけの理事では困ることが明らかである。自ら資金源となることによって、資金源開拓の先頭に立つ理事が必要である。(p62)
  • 非営利組織のマーケティングは、組織自体が達成したいものを知り、組織内の全員がその目標とその価値に合意し、成果をもたらすべく進み始めたときに効果を発揮します。(p94)
  • 人を長期にわたってスタッフ部門に配置してはならない。現場とローテーションさせなければならない。数年ごとに将校を部隊に戻すことは、昔からの軍の知恵である。(p134)
  • 19世紀の終わりに大作曲家グスタフ・マーラーがウィーンに交響楽団を設立した。メンバーへの要求が厳しかったため、パトロンである皇帝が「やりすぎではないか」と下問したのに対し、彼はこう答えたという。「彼らの腕が上がって、彼らからの要求のほうが厳しいのです」(p171)
  • 彼(指揮者ブルーノ・ワルター)は、シーズンの終わりには全団員に手紙を書いたという。「ハイドンのシンフォニーのリハーサルでは、あの難しい一節の演奏であなたからいろいろなことを学びました。ところで、あなたは今シーズン一緒に仕事をしてどのようなことを学ばれましたか。」/ おそらく返事の半分は絵葉書程度だったと思われる。しかし「現在は18世紀のトランペットを模索しているところです」などの真剣な返事もあったはずである。ワルターのオーケストラで働くことは、音楽家として一つの大きな成長の機会となっていた。(p210)
  • 私が13歳のとき、宗教の先生が「何によって憶えられたいかね」と聞いた。誰も答えられなかった。すると、「答えられると思って聞いたわけではない。でも50になっても答えられなければ、人生を無駄に過ごしたことになるよ」といった。(p219)
  • 強みを伸ばすということは、弱みを無視してよいということではない。弱みには常に関心を払わなければならない。しかし人が弱みを克服するのは、強みを伸ばすことによってである。安易な道をとってはならない。完全主義者である必要はないが、自らにいい加減さを認めてはならない。(p238)