海洋資源がテーマの『銀むつクライシス』という本、2008年に出版されおそらく書評を読んですぐ買ったものの、手に取る機会の無いまま15年も立ってしまいました。その間２回も引っ越したのに手放さずにおいたのは、何か魅力を感じていたのでしょう。ここにきてふと初めてページを繰ってみると、面白さに止まらなくなり一気に読んでしまいました。
副題は「「カネを生む魚」の乱獲と壊れゆく海」、というもので、著者はアメリカのジャーナリストです。乱獲の対象は深海に生息するマゼランアイナメという大型の白身魚で、日本では「銀むつ」とか「メロ」とか呼ばれています。事件が実際に起こったのは2003年8月、場所は南インド洋。この魚の密漁を発見したオーストラリアの巡視船が、南極海から南大西洋へひたすら追跡し、途中で南アフリカからの応援隊も加わって手に汗握る航海が繰り広げられます。追跡劇の途中に乱獲に至った漁業の実態や、関わった漁師たち、船主、仲買人、レストラン関係者、そして水産学者などの挿話が挟み込まれ、過去に遡ったり地球を半周したり、めまぐるしく場面がいれかわり、まるで映画を見ているようでした。
本は追跡劇の末の裁判の結果まで書かれていますが、なんといっても洋上での関係者の心情や実際の行動の描写が詳細で、ぐいぐい引き込まれました。その中にカナダの水産学者ダニエル・ポーリーが登場しました。彼は追跡劇そのものには加わっていないのですが、その出自や研究活動を知るとすっかりファンになってしまいました。Wikipediaを確認すると既に日本語版に記事はあるもののほんの少しで、しかも出典がひとつもない、と注意書きがありました。これはひとつきちんとした記事に加筆しなければ、とエンジンがかかりました。
Wikipedia英語版を見てみると、一通りのことは書いてあるようでしたが、こちらも出典が貧弱でした。手元の『銀むつクライシス』は典拠になるものの、それだけではたよりないので他にないか調べると、ポーリーの著書が２冊翻訳されているのがわかりました。そこで図書館で２冊とも借りてきて内容と出典を追加し、日本語版の記事を差し替えました。
フランス出身のポーリーはドイツで学び、フィリピンなどで経験を積んだ後、カナダのブリティッシュコロンビア大学水産資源研究所で教授を務めています。そこで「シーアラウンドアスプロジェクト」のリーダーなのですが、このプロジェクト名はレイチェル・カーソンの『われらをめぐる海』という著作からとられている、ということがわかりました。カーソンは『沈黙の春』で有名ですが、『われらをめぐる海』の方は日本語版ウィキペディアにありません。そこでこれも英語版を翻訳することにしました。文庫本を図書館から借りてきてざっと目を通し、英語版をまず翻訳した後、日本語訳について追記しました。
生物学関係のウィキペディア記事を翻訳したのは初めてでしたので、これまで知らなかった世界がぱあっと広がり、貴重な経験となりました。
銀むつクライシス : 「カネを生む魚」の乱獲と壊れゆく海 / G.ブルース・ネクト 著; 杉浦茂樹 訳
早川書房, 2008.4
原題：Hooked : pirates, poaching, and the perfect fish
目次：
- プロローグ 南インド洋 2003年8月7日…9
- 第1章 バルパライソ（チリ） 1977年…15
- 第2章 南インド洋 2003年8月7日…26
- 第3章 ロサンゼルス 1984年10月…41
- 第4章 南インド洋 2003年8月7日…45
- 第5章 ロサンゼルス 1984年10月…58
- 第6章 南極海 2003年8月8日…63
- 第7章 リベイラ（スペイン）…71
- 第8章 南極海 2003年8月14日…82
- 第9章 ニューヨーク 1998年春…97
- 第10章 南極海 2003年8月18日…104
- 第11章 ニューヨーク 1999年秋…115
- 第12章 南極海 2003年8月18日…128
- 第13章 ケープタウン（南アフリカ） 2003年8月14日…136
- 第14章 南大西洋 2003年8月22日…147
- 第15章 ブリッジハンプトン（ニューヨーク州） 2003年8月6日…164
- 第16章 南大西洋 2003年8月26日…180
- 第17章 バンクーバー（カナダ）…205
- 第18章 南大西洋 2003年8月27日…216
- 第19章 バンクーバー…232
- 第20章 南大西洋 2003年8月27日…241
- 第21章 ケープタウン近海 2003年9月4日…257
- 第22章 パース（オーストラリア）…272
- 第23章 パース…300
- 第24章 パース、2005年9月9日…306
- エピローグ…316
