Kadoさんのブログ

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『小さなまちの奇跡の図書館』を読む

猪谷千香『小さなまちの奇跡の図書館』

鹿児島県の南端にある指宿市の図書館を紹介した『小さなまちの奇跡の図書館』を読みました。猪谷千香さんの心のこもった力作に、何度もうなずきながらの読書でした。指宿市の図書館についてはいろいろな機会に話題になっていたようですが、指宿に縁はなく、特に関心ももたずにいたのです。ところが先日届いた『図書館雑誌』にこの本の紹介があったのを読み、俄然心が動き出しました。

下吹越かおるさんを中心とした「そらまめの会」の15年に渡る奮闘ぶりが、丁寧に取材され記されていました。お年寄りから子どもたちまで地域の方たちの要望をひとつひとつ汲み上げ、同時にたくさんの人間関係を育み、働く人だけでなく関わる人たち全てにとって大切な、かけがえのない存在という図書館を築き上げてこられた日々の重たさが伝わってきました。

指宿に縁はなかったのですが、2017年にオーケストラ・ニッポニカで福島雄二郎作曲『ヤポネシア組曲』を演奏した際、「ヤポネシア」という言葉を造った作家島尾敏雄についてずいぶん調べたことを思い出しました。横浜出身の島尾は戦争中に特攻隊員として奄美諸島加計呂麻島に滞在し、戦後に鹿児島県立図書館奄美分館の館長をしばらく務めていました。当時の県立図書館長だったのが、作家の椋鳩十です。彼ら二人についても、『小さなまちの奇跡の図書館』の中にさまざまなエピソードが取り上げられていて、驚きました。また先日長野県の野辺山で海軍航空隊訓練場の訓練生を偲ぶ「予科練の碑」を見てきたばかりなのも、不思議な縁を感じたことでした。

NPO法人設立の顚末、レファレンスの丁寧な取り組み、下吹越さんの入院と病室文庫、移動図書館の物語……。読んでみてよくわかったのは、指宿の図書館がその設立の始めから、地域の人たちの要望が核になってできあがっていったことでした。それを現在も大切にし、次の世代へと着実に伝えようとしている尊い活動に、深い敬意を表します。遠い地であってもそうした活動が脈々と積み重ねられているのを知ることができ、心のよりどころが一つ増えた気がします。

小さなまちの奇跡の図書館 / 猪谷千香 著
筑摩書房, 2023.1 (ちくまプリマー新書)
目次:

  • プロローグ(図書館で箒を渡された浪人生/船乗りだったおじいさんに声をかけられ/図書館は「出会いの場」)…9
  • 第1章 図書館界の憧れ、ライブラリー・オブ・ザ・イヤー(館長が「まじか」と言った瞬間/図書館に指定管理者制度導入/魅力を失っていた指宿図書館/NPO法人設立に奔走/「ぼっけもん」なんだよね)…23
  • 第2章 新しい図書館が始まった(南国、指宿の図書館/手探りで始まった図書館運営/あふれる本、天井から雨漏り/見えてきた図書館の課題/待ちに待った電算化スタート!/一坪図書館と開聞図書室/中に足を踏み入れた瞬間から伝わる)…45
  • 第3章 図書館をつくった人々(指宿図書館のルーツをたどる/農村の暮らしを向上させるために始まった/作戦成功、指宿市立図書館の誕生/本を読んだら「スロッパ」と言われた女性たち/図書館の本を読んで、アイリス栽培に成功/子どもの心をふっくりと豊かに)…71
  • 第4章 子どもたちが育つ図書館(山川図書館のルーツ/夏休みに自家用車で本を届ける/町民会館図書室から町立図書館へ/図書館には「住民に寄り添う気持ち」が必要/夏休みのイベントで常連になった子どもたち/中学生にも図書館に来て欲しい/図書館の人気イベント「セミの羽化観察会」/図書館でサツマイモを植えてみたら)…91
  • 第5章 図書館はプロの探偵(「魔法を使えるようになりたい」という希望に応える図書館/指宿図書館に持ち込まれた古い牛乳瓶/指宿にあった海軍航空基地から飛び立った特攻隊/島尾敏雄の足跡を追う!/鹿児島近代文学館や大宅壮一文庫も協力)…117
  • 第6章 サードプレイスとしての図書館(図書館でお化け屋敷/図書館では「先生」「部長」と呼ぶのは禁止/おはなし会を出張する/指宿にも移動図書館があった/入院をきっかけに病室文庫をつくる/「指宿にそんな車が走るといいね」/夢の実現のためクラウドファンディング)…139
  • 第7章 走れ!ブックカフェ号(「これでバス買って」と差し出された千円札/史上最高額、1000万円を達成!/命名「そらまMEN」/「いい場所を作ってくれてありがとう」/熊本地震や台風21号の被災地へ/図書館界の名だたる賞を受賞/指定管理者制度を今一度見直す)…161
  • エピローグ…187