Kadoさんのブログ

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尹伊桑『傷ついた龍』を読む

『傷ついた龍』未来社1981(版元ドットコムより)

朝鮮に生まれ、ドイツに帰化した作曲家尹伊桑(ユン・イサン、1917-1995)が、自らの生涯と作品について語った本。インタビューアーのルイーゼ・リンザーはドイツの作家で、最初の夫ホルスト・ギュンター・シュネルは作曲家、指揮者であったが戦死した。その後作曲家カール・オルフと結婚した。彼女が尹伊桑に直接インタビューした原書は1977年にドイツで出版された。
Der verwundete Drache : Dialog über Leben u. Werk d. Komponisten / Luise Rinser, Isang Yun. S. Fischer, 1977

この本を1978年に入手した政治学伊藤成彦が、日本語に翻訳して出版したのが本書。出版の経緯は、序文とあとがきに詳しく記されている。

巻頭グラビアには、尹の幼年時代を過ごした風景、家族、ドイツでの音楽家との交流、獄中と法廷写真、ベルリンでのオペラ上演などの写真が数多く掲載されている。

傷ついた龍 : 一作曲家の人生と作品についての対話 / 尹伊桑, ルイーゼ・リンザー 著, 伊藤成彦
未来社, 1981.2, 263p
目次:
日本語版への序文 / 尹伊桑
序文 / [ルイーゼ・リンザー]…5

  1. 朝鮮での幼年時代…11(1917年に朝鮮の統営で生まれる。一族の歴史、音楽との出会い)
  2. 朝鮮と日本での青春…40(17歳の時ソウルへ出て音楽を学ぶ。その後大阪で理論と作曲を学び、東京で池内友次郎に師事。日米開戦直前に帰国。抵抗運動を疑われ逃れたソウルで終戦
  3. 天職と自己発見への回り道…56(1948年から音楽教師として働き、作曲も手がける。結核が悪化するがストレプトマイシンで恢復。1950年釜山でスジャと結婚。朝鮮戦争の最中に娘が生まれる。その後息子も生まれ、ソウルへ出て教育と作曲)
  4. 勉学と最初の成功…68(1956年にパリ留学。現代音楽を学びたく1957年ベルリンへ移りブラッハー、ルーファーに師事。ダルムシュタットの音楽祭で多くの現代音楽作曲家、そして指揮者フランシス・トラヴィスと知り合う。作品が評価され滞在を延ばし、1961年に妻スジャを呼び寄せる。1964年には子どもたちも呼ぶ。朝鮮の伝統と西洋の価値観の中で作曲を続ける。1965年アメリカで講演、自作演奏に立ち会う。1966年ベルリン芸術祭でオペラ『リウ・トゥン』上演。)
  5. 拉致…125(1958年から北朝鮮の友人と連絡を取り合うようになる。1961年韓国に朴政権誕生。1963年北朝鮮訪問し、金日成との写真を宣伝用に撮られたりしたが、共産主義に同調したわけではなかった。友人と再会したが話はかみ合わなかった。1967年6月にベルリンでKCIAに、多くの知識人や学生らと同様に拉致され韓国へ送られる。当時のドイツと韓国での報道状況。12月韓国で死刑判決。ドイツ政府が抗議し、終身刑減刑。ドイツ内外の音楽家達を中心に抗議活動がおこる。獄中でオペラを作曲し1968年に完成、1969年2月23日にニュルンベルクで初演された。)
  6. 解放と新生…194([1969年2月25日に]大統領恩赦で釈放、ベルリンへ。数多くの作曲依頼があり、作品が演奏される。1972年ミュンヘンオリンピックのための祝典オペラ『沈清』を作曲。初演は大成功で、韓国で上演する話が進んだが、その最中に金大中事件が起き、計画中止に。現在の作曲活動について。)

訳者あとがき / 伊東成彦
尹伊桑作品目録(渡欧以後)

巻頭に引用されたゲーテの詩

東洋は神のもの!
西洋は神のもの!
北と南の国々も
神の御手の平安(やすらぎ)のなかに憩う
    ゲーテ〈西東詩集〉