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Kadoさんのブログ

日々のあれこれを綴ります

エリザベス・アボット『砂糖の歴史』

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 出版されてすぐ入手したものの読む機会を逸していたこの砂糖の本、奄美大島の歴史に触れてサトウキビに俄然興味がわき、一気に読んでしまいました。カナダの歴史学者が綴った紀元前から始まる甘味料の足跡ですが、本書の大半は大航海時代以降の奴隷制の歴史と重なる物語でした。イギリス、西アフリカ、中南米を結ぶ三角貿易の実態がまざまざと描かれています。19世紀奴隷制が廃止されてからも砂糖の栽培は現在まで継続し、それを担うさまざまな人々についてもよくわかりました。毎日の食卓へ至る道筋にかくも黒い歴史が含まれることに驚いています。

砂糖の歴史 / エリザベス・アボット著, 樋口幸子訳
 河出書房新社, 2011
 20cm ; 513p
 目次:
序章 …7
第1部 西洋を征服した東洋の美味 …17
 第1章 「砂糖」王の台頭 …18
 第2章 砂糖の大衆化 …56
第2部 黒い砂糖 …93
 第3章 アフリカ化されたサトウキビ畑 …94
 第4章 白人が創り出した世界 …150
 第5章 砂糖が世界を動かす …181
第3部 抵抗と奴隷制廃止 …227
 第6章 人種差別、抵抗、反乱、そして革命 …228
 第7章 血まみれの砂糖 : 奴隷貿易廃止運動 …266
 第8章 怪物退治 : 奴隷制年季奉公制 …297
 第9章 キューバルイジアナ : 北アメリカ向けの砂糖 …326
第4部 甘くなる世界 …375
 第10章 砂糖農園の出稼ぎ移民たち …376
 第11章 セントルイスへ来て、見て、食べて! …421
 第12章 砂糖の遺産と将来 …458

謝辞 …497
訳者あとがき …500
参考文献 …513

付箋を付けたところ

  • 奴隷たちには、彼ら自身の「やる気を起こさせるための道具」があった。白人に絶え間なく監視されていたにもかかわらず、彼らは自分たちの怒りや苦痛を大声で歌ったのだ。(p105)
  • またヴォルテールの『カンディード』では、体の不自由なスリナム人の奴隷が、なぜ自分が片腕と片脚を失ったかを語る。(p111)
  • グアドループの砂糖農園主ギヨーム=ピエール・タヴェルニエ・ド・ブローニュと、その愛人でセネガル人の奴隷ナノン、そして彼らの息子ジョゼフ・ド・ブローニュ・シュヴァリエ・ド・サン=ジョルジュの物語は、1739年のクリスマスに始まる。(中略)父親は彼に砂糖生産のすべてを教え、母親は彼に「黒人小屋通り」つまり奴隷居住区を見せ、そこの惨めさと音楽とを教えた。(p175-176)
  • ベッグフォードはその邸宅で、誰にも真似できないほど大規模な宴会を開いた。ある晩餐会では、1万ポンドかけて600皿の料理が供された。彼は同名の跡取り息子が最高の教育を受けられるよう計らい、モーツァルトを雇ってピアノのレッスンを受けさせた。(p196)
  • ブリストルリヴァプールにも同様に、役員と選ばれた会員によって構成され、文書保管庫と運転資金を持つ「西インド協会」があった。(p204)
  • 砂糖仲買商のもう一つの重要な仕事は、農園主たちの私用品の注文を受け、放送して送ることで、その際の手数料は一切なしだった。流行の帽子や服、ピアノと楽譜、雑誌や本、パイプやマデイラ産ワイン、化粧品や薬品、塩漬けや燻製の肉といった品々で、イギリスで精製し、再輸出される白砂糖まであった。(p207)
  • 多くの奴隷は、完全に取り引きが成立するだけの金を持っていたとしてもほんの数%だけ払い残しておいた。18世紀末にキューバを訪れた博物学者で探検家のアレクサンダー・フォン・フンボルトによれば、奴隷たちがそうするのは、万一の場合、彼らの(部分的)所有者に助言や助力、または保護を求められるようにしておくためだという。(p234)
  • クリスマスは奴隷たちにとって、一年間の最大の山場だった。農園主たちは時間の浪費にいらだったが、この習慣を容認せざるをえなかった。ノーサップのプランテーションでは、「宴会と浮かれ騒ぎとバイオリン演奏」が三日間続き、別のプランテーションでは一週間かそれ以上続くこともあった。(p347)
  • ハワイの砂糖生産を支えたアジア人の年季労働者(中国人、日本人、朝鮮人、フィリピン人)の物語は、アメリカ人の農園主たちが支配階級として権力を握った時から始まった。(p403)
  • 農園主たちは、今度は日本に目を向けた。1900年には、ハワイの日本人移民は61,111人に達し、最大の民俗集団となっていた(それよりずっと少ないが、ポルトガル人やノルウェー人、ドイツ人、それに南洋諸島からの移民労働者もいた)。(p406)
  • 「ビッグ・シュガー」(大手砂糖業者)は、アメリカの独占禁止法に触れない方法をいろいろ編み出した。(中略)1986年にレーガン政権が、移民法改正に伴って不法移民の季節農業労働者約300万人に恩赦を認めた際も、ロビー活動によって砂糖労働者をその対象から外すことに成功し彼らが永住許可証とアメリカにおける合法的な地位を得る機会を奪った。(p465)