Kadoさんのブログ

日々のあれこれを綴ります

三番瀬

 1999年夏の思い出。インターネットはまだ広まってなくて、Wikipediaもなかった頃です。

三番瀬 / 門倉百合子


私:夏休みの自由研究、どうするの?
次男(5年生):またどっか遠くに行きたいな(去年は羽田まで自転車で往復した)
私:どっかいきたいとこある?
次男:うんとね、鳥取砂丘
私:と、と、とっとりさきゅうって、そりゃ母さんだって行きたいけど、もっと近いところでないの?
次男:近いって関東地方?そんなら、三番瀬
私:さんばんせって何よ。
次男:え、知らないの?東京湾にある干潟だよ。


 そう言って次男は、しばらく前の「東京新聞」のコラムと、「週刊金曜日」に載っていた三番瀬の記事を持ってきた。それは東京と千葉の境目にある浅瀬で、天然の漁場であり、埋め立て計画が縮小されたことで話題になっている場所だった。守備範囲の狭い私には初耳の所である。家にある地図では詳しいことがわからないので、翌日近くの公共図書館へ二人で出かけた。
 最初に見たのは、千葉県の地図のある書架である。道路地図や区分地図、観光マップなど種々とりそろえてあるが、どれを見ても三番瀬という名前はみつからない。船橋港から東京湾へ出たあたり、ということらしいのだが、人工の海浜公園はあっても天然の浅瀬は見当たらない。検索コーナーで端末をたたいてみるが、やっぱりわからない。埋め立てが話題になっていたから、環境・公害のあたりの書架を見てみるが、それらしきものは見当たらない。ふと、水産業かな、と考え直して、そちらの書架をみてみる。すると東京湾の漁業に関する本があったのでぱらぱらページを繰ると、あったありました、やっと「三番瀬」という文字にいきあたった。次男にみせると、本文の他に後ろの見開きの地図に三番瀬の場所がちゃんとでているのを見つけて大喜び。簡単な地図なのでいまひとつはっきりした場所はわからないのだが、他にないのでとにかくその本を借りてきた。

 翌日本屋に立ち寄った際、「釣り」のコーナーに行ってみた。すると東京湾の釣り場の地図がちゃんとあるではないか。広げてみると、三番瀬の文字が船橋沖にしっかり印刷されていた。海の中なんだから、陸の地図には載っていない訳だ。ついでに釣り場のガイドをいくつか見てみるが、三番瀬というのはでてこない。もしかしたら素人は行けない場所なのかもしれない、という危惧が頭をよぎる。
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 それでも8月17日、二人で行ってきました、三番瀬に。新木場から京葉線に乗って、葛西臨海公園や舞浜を通り過ぎ、市川塩浜という駅に降り立った。この駅、飲物の自動販売機のほかは、売店一つ無い殺風景な所であった。そこから10分ほど歩いて人気のない工場地帯を抜け、角を曲がって目の前に広がった海が、夢にまでみた三番瀬!(ちょっとおおげさか。)14日の台風(例の弱い熱帯低気圧)の後だったので、海水は濁って生き物の気配はなく、釣り人が何組か竿をたれているだけだった。
 干潮は午後2時すぎだったので、まだ時間があるから昼食でもと駅に戻る。といっても食べ物屋などまるで見当たらないので、丁度来たバスに乗ってちょっとさきの店でラーメンを食べた。帰りは干潮時が迫っていたので、タクシーを拾って三番瀬の辺りを告げると、釣りでなく宿題をしに来たのはめずらしいのか、親切にいろいろ教えてくれて、埠頭の先にある行徳南漁協まで連れていってくれた。
 漁協など行ったことはないが、ここまできたからにはえいっ!と次男を促し、玄関をはいってみた。するとひまそうにしていたおじさんが、外に出てきて海を見ながら、三番瀬について丁寧に説明してくれた。大きな干潟になるのは大潮のときくらいで、普段はくるぶしくらいの浅瀬だそうだ。その日は台風の後の水量なので、干潮時でもとても干潟にはならないらしい。干潟をみたいならあっちの人工の海浜公園にいってみたら、と教えてくれて、親切にも駅まで自動車で送ってくれた。こんな濁った海では漁にならないらしく、それで今日はひまだったとのこと。途中で黒い鳥が道路に横たわっていたので、「あ、カラス」とつぶやいたら、「あれは海鳥(名前はききとれなかった)ですよ。」と、ひとくさり解説してくれた。この辺りは渡り鳥の中継地点でもあるらしい。
 駅から乗り継いで、船橋海浜公園という所に行った。人工干潟でひととき、次男は満足そうにヤドカリやカニなどの生き物と戯れていた。私も海の空気に浸り、海鳥の群れを眺めて、しばし夏休みの時間を楽しんだ。
 (どなたかインターネットで「三番瀬」をひくとどんなデータがでてくるか教えてください。)■
出典:『This is LISA No.26』(有限会社リサ、1999年9月15日)p3-4

 後日談。次男は宿題を模造紙に精力的に書き込んで仕上げ、9月に提出しました。今ならスマホで写真を撮っておくところですが、記憶の中に大切にしまってあります。お名前がわかりませんが行徳南漁協の方と、タクシーの運転手さんに厚くお礼を申し上げます。なお干潟にはまった次男は翌年の夏休み、父親と二人で九州の諫早湾に行ってきました。
※写真の地図は『フィッシングマップ(海・堤防編)千葉・木更津・船橋港』(昭文社、1998)より

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