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Kadoさんのブログ

日々のあれこれを綴ります

ベルリンの国立図書館の自筆楽譜

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ベルリンの国立図書館の自筆楽譜

 ウンター・デン・リンデンに面したプロイセン国立図書館には、ドイツ国内の手稿本や美術書などの貴重なコレクションが集められていた。バッハ、モーツァルトベートーヴェンといった有名な作曲家たちの自筆楽譜もそのひとつである。第2次大戦が始まると、これらのコレクションは戦禍を逃れていくつかの地方に分散して疎開することになった。そして数百の木箱に丁重に詰められた自筆楽譜のとりわけ貴重な一群が落着いた先は、南シレジアの町グリュッサウにある修道院であった。
 南シレジアは戦後ポーランド領となり、自筆楽譜は長い間行方不明のままだった。戦火で燃え尽きたとか、ソ連軍が持ち去ったとか、さまざまなうわさが飛びかった。しかし実際には、それらの自筆楽譜はポーランド南部の古都クラクフにあるヤギェウォ大学の図書館に秘密裡に保管されていたのである。
 1977年になってポーランドと東独の間にすこし歩み寄りがあり、自筆楽譜のごく一部が返還された。モーツァルトの「魔笛」全曲、ベートーヴェンの「第九交響曲」、バッハの「フルートソナタ」など7曲である。そしてこれ以外の楽譜については、ヤギェウォ大学図書館において研究者の利用に自由に供されるようになった。
 以上はナイジェル・ルイス著「ペイパーチェイス」の粗筋である。この本は1981年にロンドンで出版され、私が白水社の翻訳を読んだのが1986年、そしてベルリンの壁が崩れたのが1989年。東欧に変革の嵐が吹荒れて以来、私は自筆楽譜の行方がずっと気になっていた。体制が替って楽譜は返還されたのだろうか、それとも混乱の中でさらに行方不明になってしまってはいないだろうか……。
 この9月にベルリンを訪れた際、スケジュールの合間をぬって国立図書館プロイセン文化財図書館(Staatsbibliothek Preussischer Kulturbesitz)に行ってみた。ドイツ統一後東西ベルリンの国立図書館は組織上合併したが、建物はウンター・デン・リンデンのハウス1(プロイセン国立図書館→ドイツ国立図書館:東館)と、旧西ベルリンのハウス2(1978~)に分かれている。私が訪れたのは、私たちの演奏会の会場であるフィルハーモニーザールのすぐ隣にあり、フィルハーモニーと同じ建築家が設計したモダンな造りのハウス2。そこで手に入れた1992年の展示会パンフレットには、「ペイパーチェイス」と同じ事柄がそっくり書かれていた。つまり現在でも楽譜は返還されず、ヤギェウォ大学に置かれている、という訳である。そして東欧の政情が安定してくれば、楽譜は返ってくるだろうという期待が記されていた。
 翌日、ウンター・デン・リンデンのハウス1に行ってみた。あいにく館内整理の特別休館日で中には入れなかったが、歴史がぎっしり詰った重厚な建物の中庭で、静かなひとときをすごすことができた。蔦のからまる建物の壁を眺めながら、戦争に翻弄された図書館と図書館員、そしてコレクションの行方に思いをめぐらせた。
                      門倉百合子(ヴィオラ