Kadoさんのブログ

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『傷つきやすいアメリカの大学生たち』を読む

『傷つきやすいアメリカの大学生たち』

新聞書評で知ったこの本、図書館で借りて読んで納得し、Wikipedia英語版にあったので翻訳して出したら「新しい記事」に選ばれました。他のウィキペディアンの関心を呼んだのは嬉しいです。読書で付箋を貼った所をメモしておきます。

傷つきやすいアメリカの大学生たち / グレッグ・ルキアノフ、ジョナサン・ハイト著;西川由紀子訳
草思社、2022.11 457p
目次:
はじめに…13
第1部 3つのエセ真理とその弊害
第1章 脆弱性のエセ真理:困難な経験は人を弱くする…37
第2章 感情的決めつけのエセ真理:常に自分の感情を信じよ…57
第3章 味方か敵かのエセ真理:人生は善人と悪人の闘いである…83
第2部 エセ真理が引き起こしたこと
第4章 脅迫と暴力が正当化された…119
第5章 大学で「魔女狩り」が起きている…145
第3部 なぜこうなったかに関する6つの論題
第6章 二極化を促進するスパイラル…177
第7章 不安症とうつ病に悩む学生の増加…201
第8章 パラノイア的子育ての蔓延…227
第9章 自由遊びの時間が減少…251
第10章 大学の官僚主義が安全イズムを助長…271
第11章 社会正義の探求の時代…297
第4部 賢い社会づくり
第12章 賢い子どもを育てる…325
第13章 より賢い大学へ…349
結び より賢い社会へ…363

謝辞…373
付録1 認知行動療法の実践方法…379
付録2 表現の自由の原則に関するシカゴ大学の声明…385
参考文献
原注

著者の指摘する3つの「エセ真理」の一つ目は、「困難な経験は人を弱くする」というものです。これは「かわいい子には旅をさせよ」という知恵を否定するもので、これに関連する本文から引用。
・今の子どもは昔の子どものように病原菌にさらされていません。そのため、実際には脅威とならない物質にも過剰反応する免疫系がつくられ、アレルギーを引き起こしやすくなっているのです。これと同じで、子どもをありとあらゆる危険から守り抜こうとすると、まったく危険性のない状況にも大げさに恐怖心を示すようになり、一人の大人として生きていく力をいつかは獲得しなければならないのに、なかなか身につけられないのです。(p40-41)
エセ真理の二つ目は、「常に自分の感情を信じよ」というものです。これは「感情というのは往々にして現実を歪め、いたずらに人間関係をだめにする。自分の感情を疑うことを習得するのが大切」という知恵を否定しています。
・この数年で、「講演キャンセル」の取り組みが増加している。渦中の講演者が学生を傷つけかねないから、との主張で正当化されることが多い。しかし、不快感と危険は別物だ。学生、教授、そして大学職員は反脆弱性の概念を理解し、ハンナ・ホルボーン・グレイの理念「教育は人々を心地良くさせるものではない。人々に考えさせるものだ」を肝に銘じるべきだ。(p82)

三つめのエセ真理は「人生は善人と悪人の闘いである」で、共通の人間性を訴える「アイデンティティ政治」に触れています。
・共通の敵を持つアイデンティティ政治とマイクロアグレッション理論が組み合わさると、コールアウト・カルチャーが広まりやすい。ほぼすべての言動に、公然と恥をかかせられるおそれがあるため、学生は用心深い行動を取り、自己検閲の習慣も教え込まれている。教育においても、学生の心の健康にも有害となるコール―アウト・カルチャー、および味方か敵かの思考は、自由な探求、意見の相違、根拠に基づく議論、知的な誠実性を求める大学の教育研究の使命と矛盾している。(p115-116)

これらの「エセ真理」が引き起こした問題について、さらにその原因として6つの論題があげられています。またZ世代がそれまでの世代と違う点として、他者と対面でやりとりする時間より一人でiPhoneiPadなどの画面と向き合う時間がはるかに多いことが指摘されています。さらに子どもの安全をやたらと心配するヘリコプターペアレントに常につきまとわれ、大人になる人生経験が決定的に不足し、「今の18歳はかつての15歳のように、13歳は10歳のようにふるまっている。今の10代は身の安全性は高まっているが、精神的には脆弱化している」(p209)と述べています。
若者たちの行動を分析した結果、「うつ病やその他自殺と関連する行動と有意な相関関係があるのは2つの行動だけであることを突き止めた。電子デバイスの使用とテレビを見ることだ」(p214)。
SNSがあることで、10代の若者は自分の知っている人たちが一緒に楽しんでいる様子を目にする機会が大幅に増えている。「見逃す事への恐れ」が高まるのは男子も女子も同じだが、それらの写真を大量にスクロールすることで、女子は男子よりも、「取り残されることへの恐れ」と呼ぶものに苦しめられやすい可能性がある(p216)。その結果女子のほうが男子よりうつ病にかかりやすく自殺率も高まっているとのこと。

中産階級以上の家庭では、両親の多くが4年制大学を卒業し、子どもの予定を大人主導で決めるスタイルがとられる。一方労働者階級の過程では、子どもがひとり親のもので放任的に育てられることが多い。70年代以前は「子どもは大人のペースでなく子どものペースで育てるべき」というスポック博士の育児書が普通だったが、こうした寛大的子育てから集約型子育てへ移行し、90年代に加速した。(p242-243)

2017年6月、アメリ最高裁判所長官ジョン・ロバーツは、息子が通う中学校の卒業式でスピーチを依頼された。反脆弱性を理解しているロバーツは、息子の同級生たちに、これからの人生で痛みを伴う経験をしてほしい、それがきみたちをより良い人間、より素晴らしい市民にしてくれるだろうと語った。(p267-268)

子どもの世話にあたるすべての人に向けた提言:今月、新たにできるようにさせたいことを考える/小さなリスクを取らせ、失敗や痛手から学ばせる/〈放し飼いの子ども〉ムーブメントについて学び、その教えを日常生活に取り入れる/LetGrow.orgをチェックする/徒歩または自転車での通学をすすめる/近所に遊び仲間をつくる/自然の中で過ごすサマーキャンプに子どもを参加させる(p328-331)

〈味方か敵かのエセ真理〉の犠牲にならないために:「知的な謙虚さ」のよさを実践させる(p336-337)

社会変化をもたらすことが学問の目的で、社会変化をより効果的にもたらせるように指導することが教育の目的と考える者もいるが、それに著者は反対する。ノースウェスタン大学の元教授アリス・ドレガーは、よい学問は「真理の探求を最優先させ、社会正義の探求はその次」であるべきと主張する。(p350-351)

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