Kadoさんのブログ

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イーユン・リー『千年の祈り』を読む

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イーユン・リー『千年の祈り』

 岩波の『図書』に俳人長谷川櫂が、「高校生や大学生に文学について話をするとき、いつも困るのは彼らが人間の本性についてあまりに無頓着なことである…(中略)…「みんないい人」なら文学はいらない……欲望に翻弄され、互に争い、その言い訳に終始する人間、その滑稽な姿を描くのが文学ということになるだろう。人間の根源にあって人間を衝き動かす二つの欲望、お金と性こそが文学の永遠のテーマなのだ」(2020年2月号p55)と書いていたのが目に留まった。そんなこともあり、図書館の新着コーナーにあった短篇集を手に取って読み始めた。現代中国の人々の心情を洗練された文章で描き出す筆致にぐいぐい引き込まれてしまった。

千年の祈り / イーユン・リー 著 篠森ゆりこ 訳
新潮社 2007

  • あまりもの:定年退職後に不思議な再就職をした老婆の話
  • 黄昏:障害のある娘を育てる母親と、退職後に株式投資に励む父親の話
  • 不滅:宦官の歴史と、独裁者そっくりに生まれた少年の数奇な半生
  • ネブラスカの姫君:北京からアメリカに来たLGBTの男女の話
  • 市場の約束アメリカへ行った婚約者に裏切られた女性英語教師の話
  • 息子キリスト教の信仰篤い母と、アメリカ帰りの息子の話
  • 縁組:病気の母とその面倒を見る13歳の娘、父親とその友人の4人の人間模様
  • 死を正しく語るには:北京の胡同にある四合院に住む人々の物語
  • 柿たち:息子を亡くした男の復讐を語る、二人の男の会話
  • 千年の祈り:離婚した娘を心配して北京からアメリカにやってきた父親の体験

 新刊書かと思ったら2019年刊の12刷だった。映画化もされているらしく、相当に読まれているのだろう。10年以上前の著作だが、中国の歴史は知っていても現代に生きる人々の心のひだには疎いので、興味深い読書だった。著者は北京出身でアメリカで免疫学修士号取得の後に作家になった女性。英語からの翻訳はこなれた文章で読みやすかった。中国とアメリカという二つの視点から描き出される物語は実に味わい深く、様々な発見があった。英語版の出た2005年はコロナ以前、トランプ政権以前のことなので、その後の著作もぜひ読んでみたい。