Kadoさんのブログ

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池内紀『消えた国 追われた人々』:東プロシアの旅

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 2日前の新聞で「ドイツのノーベル賞作家ギュンター・グラス氏、引退」という記事を読んだ。そのときはああそうかと思っただけだったが、たまたま昨日から読み始め今日読み終わった『消えた国追われた人々』は、まさにそのギュンター・グラス作品が出発点となった本だった。あとがきでそのことを知る。
 著者池内紀はグラスの作品翻訳をきっかけに、東プロシアを3回も旅行することになった。東プロシアとは、現在のポーランド北部バルト海に面した地域で700年ほどドイツの飛び地となっていた。第2次世界大戦後にドイツはその領土を失い、今はロシアの飛び地となっている。中心都市であったケーニヒスベルグは哲学者カントの住んだ街として知られるが、戦禍を経て今はその面影はなく、名前もカリーニングラードソ連風に変わっている。そうした地域の歴史が語られるようになったのは、戦争から60年以上たった最近のことらしい。
 池内紀の本を読んだのは久しぶりだが、すばらしい筆致にぐいぐい引き込まれて一気に読み進んだ。日本も戦争で多くの土地を失い、そのことを近年あれこれ考えるようになったのだが、この本は別の視点からその問題について考えさせられた。久しぶりの五つ星。

 異なる民族、異なる人種が複雑に共存しながら、東プロシアは民族紛争を起こさなかった。暴力沙汰に及んだことは、ついぞなかった。第一次世界大戦後に帰属問題が起きたときも、人々は投票でもって解決した。その際、どの地方も、リトアニアでもロシアでもポーランドでもなく、90パーセントに達する多数決で「東プロシア」を選択した。(p63)

 日本は日本人の国と思い定めて、ごく身近なマイノリティであるアイヌ人すら忘れがちな国民性にとって、多民族・多言語の国や土地は想像が難しい。だが、自称「単一民族」国家こそ、地球上の例外であって、それを最良と考える方が異常なのだ。私はおぼつかない東プロシアという消えた「国」のなかに、すこぶる現代的な「国の選別」のヒナ型を見た。(p278あとがきより)

池内紀『消えた国 追われた人々:東プロシアの旅』みすず書房、2013)
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I024403476-00

みすず書房 トピックス
池内紀『消えた国 追われた人々』」
http://www.msz.co.jp/news/topics/07763.html

経書評「消えた国 追われた人々 池内紀著 現代史の隠れた物語」
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO55989890Y3A600C1MZB001/

ギュンター・グラス著『ヴィルヘルム・グストロフ号事件』池内紀
集英社, 2003
http://books.shueisha.co.jp/CGI/search/syousai_put.cgi?isbn_cd=4-08-773383-1