Kadoさんのブログ

日々のあれこれを綴ります

『難民問題』

墓田桂著『難民問題:イスラム圏の動揺、EUの苦悩、日本の課題』2016.9.25(中公新書 2394)
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目次

はしがき
第1章 難民とはなにか
 1 歴史の中で
その紀元/ダマスカスからニュー・イングランドまで/ナンセン高等弁務官の任命/国際的な人道活動の萌芽/戦間期のユダヤ難民問題
 2 保護制度の確立へ
UNHCR/難民高等弁務官の役割/パレスチナ難民の位置づけ/難民の地位に関する条約/条約の展開/関連する用語/条約による認定手続き
 3 21世紀初頭の動向
2010年代の人道危機/難民・国内避難民の世界的動向/移動は「強制」か/時代の映し絵として
第2章 揺れ動くイスラム
 1 アフガニスタンからの連鎖
イスラム主義の拡大/秩序を揺さぶる思想/発火点イラクという重しの崩壊
 2 「アラブの春」以降の混乱
瓦解するシリア/顕在化したIS/独裁者なきリビア/衝撃を受ける既存の国家/「30年戦争」の見立て/アメリカの諦念
 3 脅威に直面する人々
日常の危機-混乱が続くアフガニスタン/人口流出に見舞われる国/不安定なイラク/やむことのない難民化の現象/危機の最中のシリア/国民の半数が難民化する事態
 4 流入に直面する国々
シリア難民が流れる国々/最大の受け入れ国、トルコ/苦境にあるヨルダン/アフリカと欧州を結ぶリビア/難民受け入れの限界/受け入れに慎重な国々/押し出す国々、引き寄せる国々
第3章 苦悩するEU
 1 欧州を目指す人々
100万人規模の大移動/人々を惹きつけるEU/動く人々、動けない人々/「混合移動」という問題/EUへのルート/密航という名のビジネス/それでもやまない危険な密航
 2 限界に向かう難民の理想郷
黄金郷としてのドイツ/「上限なき庇護権」の挫折/前線国と経由国の悲哀/最前線のギリシャ/もう一つの最前線、イタリア/批判されたハンガリー/対応に揺れたオーストリア
 3 噴出した問題
EUの対応-シェンゲン協定とダブリン規則/既存の制度の行き詰まり/16万人の移転計画とEUの亀裂/EUの転換点/フランスを襲った「恐怖の年」/テロリストに悪用された制度/難民問題と安全保障/さまざまな安全保障上の影響
 4 晴れそうにない欧州の憂鬱
イスラム化するフランス/多文化主義の限界/鬱屈とした感情/「イスラム嫌い」と難民受け入れ
 5 問題の新たな展開
選挙で問われる難民政策/「移民排斥」の意味/山積する問題/量的にも質的にも複雑な諸問題/NATOの関与/EUとトルコの取引/欧州の事例が示唆するもの
第4章 慎重な日本
 1 難民政策の実情
無縁ではなかった日本/「ボートピープル」の到来/政策の推移/「瀋陽事件」以降の動向/第三国定住難民の受け入れ/世論の動向と難民認定数/伝わらない実情/偽装申請の問題/難民認定国益-中国とトルコの難民申請者/「難民に冷たい国」は悪いことか
 2 シリア危機と日本
難民のための財政支援/大規模な対外援助は持続可能か/受け入れるべきだったのか/慎重な判断が求められる課題
 3 関連する課題と今後の展望
日本の人口動態と移民政策の展開/移民導入のデメリット/中国・北朝鮮での危機のシナリオ-盤石に見える中国/北朝鮮が崩壊するとき/送り返すべきか、受け入れるべきか/21世紀の現実のなかで
第5章 漂流する世界
 1 21世紀、動揺する国家
「難民化」する国家/帝国領に作られた国家の分解/現状維持に傾く国際社会/混沌とした世界
 2 国連の希薄化、国家の復権
機能しない国連、機能する国連/「ポスト国連」の時代/国家と国境の復権/限界の認識
終章 解決の限界
根本原因は解決できるか/限界に直面する取り組み/難民の正義、国家の正義/受け入れの限界は乗り越えられるか/世界を巨視的に見たとき/今後の世界を見据えた政策へ
あとがき
主要参考文献

 国境を超える難民や難民申請者がいる一方で、国境を管理する国家が存在する。双方にそれぞれの正義がある。両者の正義は共通の着地点を見つけることもあれば、それに至らない場合もある。そいした状況を変えようと、国家に抗い、対象者に寄り添い、運動論が展開される。ただ、その言説では、自らの生活圏を守りたいとする市民の立場は疎かにされがちである。問題に向き合う国家や社会を慮ることも少ない。脆弱なのは難民だけではない。国家や社会も深刻な問題を抱えていることがある。一面的な正義ばかりを唱えていては、これらの側面を見落としてしまう。(p223)

 さまざまな弊害を考えたとき、難民条約の適用を一定期間、停止する、あるいは条約から脱退することも一つの案である。それによって、今や年間7000件に上る難民認定の申請を受理し、それを審査する義務は免れる。安全保障上の事案を含めた制度濫用の問題は避けられ、制度維持のために貴重な税金を費やす必要もなくなるだろう。もちろん、脱退の場合でも、第三国定住の枠組みで秩序ある形で難民を受け入れたり、UNHCRへの資金拠出を通じて途上国の難民を支援したりすることは可能である。
(中略)
 難民条約の理念的な美しさは、宗教のように人々を原理主義にしやすい。しかし、現実世界に照らし合わせてこの条約の妥当性を考える必要がある。どの方向をとるにせよ、EUの自縄自縛の姿を念頭に置きつつ、現実的な観点から議論されることが望ましい。(p230-231)